---------------前書き------------------------------
今回の記事に写真は一切ありません。
小説でも空想でもありません。体験記です。
前後編になり、前編はシリアス。
後編はいつもの少し緩いテイストになります。
それぞれ読むのに5分ちょっとかかると思いますので悪しからず・・・
この話に、主に登場する白石(仮名)には
今も感謝しかありません。
いや、登場する全ての人物にか。
2020.10.19 ゆうき
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聞いた事の無い様な鈍い衝撃音が連続し、やがてその音と振動が消えた。
はっと意識を取り戻すと、漆黒の闇を車のヘッドライトが照らしていた。
光の先は真夜中の深い森だ。
僕は友人の車の助手席に座っていて、光で照らされている森を呆然と数秒間眺めていたが、すぐに奇妙な事に気づいた。
闇に浮かび上がる森。
その手前にはバリバリに割れたフロントガラスが見えていた。
フロントガラスは全体的に大きくひび割れ、一部に至ってはガラス自体無くなっていた。
ああそうか、事故が起きたんだった。
僕は助手席に乗ったまま、車ごと崖から落ちたんだ。
ほんの数十秒前の記憶が何だか曖昧だけれど、崖から落ちた事は理解できてる。
今は何時なのか。よく把握はしてないけれど、こんな深夜に、車通りも少ない漆黒の山で、この車は崖の下にいるのだ。
それにしても不思議なのは、助手席に座っている僕の身体が、右方向に引き寄せられる事だ。
右方向・・・つまり、運転席の方向へ引っ張られるのだ。
これは一体どういう事か。
理解するのに数秒を要した。
この車は90度近く傾いているのだ。
運転席側を下にして。僕の座っている助手席側を上にして。
僕は重力で運転席側に落下しそうになってるけれど、シートベルトで固定されているから下へ落ちて行かない状態なのだ。
「マジかよオイ・・・」
僕の座っている助手席から右・・・ではないか、下方向に運転席がある。
運転席にはもちろん運転手がいて「やっちまった」とか叫んでる。
これは・・・僕らは助かったのか?
車は今、何処にいて、どういう状態なんだ?
そもそも。一体何故こんな事になったのか。
何故、僕は友人の車の助手席にて、深夜に山にいるのか。
話は6時間ほど前に遡る・・・。
ゆうきの体験記
1999年11月14日 18:00頃 神奈川県相模原市 某アパート
これは今から20年以上前の話。
まだスマホも存在していない頃。
ケータイ電話は山の方へ行くと電波が届かない時代の話だ。
前の年、宇多田ヒカルや椎名林檎が鮮烈なデビューを果たし、彼女たちがヒットチャートを賑わしているけれど、なんだか「世紀末」という暗い時代だった。
もうすぐ「2000年問題」とかいう訳の分からん出来事が予想されていて、コンピューター上の日付のエラーで大問題が起こり、実はこれが世界崩壊への序曲ではないのかという説まで流れている不思議な年だった。
ノストラダムスの大予言とかいうのがあって、世紀末に人類が滅びるんじゃないかという話を少し信じている人もいたと思う。
そんな1999年、僕は東京都西部の八王子市にある専門学校を卒業して、社会人1年目だった。
地元である神奈川県相模原市で舞台裏方の新人として働いていた。
せっかく社会人になって給料も出るんだから!
ということで、相模原市内に家賃3万8000円のワンルームのアパートを借りて暮らしていた。
この日は多分、仕事が早く終わったんだと思う。
恐らく、翌日は朝から仕事だったはず。
仕事から自転車でアパートに帰った時、高校時代からの友人である白石(仮名)がドライブに行こうという電話をしてきた。
「いいよ!何処行く?!」
いつもは4人でドライブに行く。
僕と白石、タケ(仮名)、ベース(仮名)の4人だ。
けれどこの日は珍しくタケが断ってきた。
彼女が出来そうだと言うのだ。
うちら4人のドライブはいつもタケの運転で行くから、当てにしていたんだけど、彼女が出来そうなら仕方ない。
「それならしゃーねーな。その代わり、ちゃんとコクれよ」
タケは「お、おう」みたいな返事をした記憶がある。
まあ、これも数時間後には伏線になっていくのだけど・・・
ともかく、最初に電話してきた白石の運転でドライブへと繰り出す事にした。
ベースも風邪気味で遠慮したいとのこと。
あいつが風邪なんて・・・高校も皆勤賞だったくらいなのに。
いつもいつも4人で出かけていたのに、この日は珍しく2人だけだった。
いや、もしかしたら白石と二人なんて初なんじゃないか?
しばらくして、白石が親の車(割とスポーティーなやつ)に乗って僕の住むアパートまでやってきて、僕と白石は出発した。
まだ19時くらいか。
時間もあったので、街乗りではなく、ちょっと山の方までドライブに行く事にした。
…今となっては…
今となっては、それが何故、神奈川県を出発して山梨県の富士山の方まで行く事になったのかは、よく覚えてない。
ただ、理由は覚えてないけれど、富士山の方まで行っちゃおうと言い出したのは僕だ。
僕がこのドライブの行先を決めた。
それが運命を分けたに違いない。
だけれど、この先に起こる出来事なんか知らない僕は、白石の運転する車の助手席に乗り込み、相模原から富士山のある方へと向かってもらった。
今日は白石が全部運転するから・・・という事で、僕は運転の時だけ使う眼鏡は持っていかなかった。まあ運転以外では眼鏡は無くても大丈夫くらいな視力はあるので問題なかった。当時は。
20時~22時30分頃 山梨県 山中湖あたりを走行
時間に関しては何となくの記憶。
白石が最近の(1999年の)好きな曲を流しながらドライブは続く。
夕飯はどうしたのかは覚えてない。
相模原市から一般道で山梨県の山名湖畔まで行って、コンビニで休憩しつつ、須走という方向へ車を走らせた。
「ねみい」
と白石は言った。
でも、眼鏡を持ってない僕は運転を代わる事は出来なかった。
「なんで眠いんだよ」
実は白石、この前日だか、その数日前だかに失恋をしたそうだ。
どういう失恋話だったのか。これについても覚えてない。
ただ、白石はその事があり寝不足だったのだという。
「おいおい大丈夫かよー」
という事で、須走でドライブはゴールとして山中湖経由で戻る事にした。
さっき立ち寄ったコンビニで、白石はコーヒーだか栄養ドリンクだかを買って飲んだ。
そうして、僕らを乗せた車は運命の道へと入っていく。
山中湖から相模原へと向かう、長い長い運命の山道へと。
恐らく23時台 運命の道へ
山道といっても、対面2車線の普通の舗装道路だ。そこまで狭い道じゃない。
山中湖を離れると、次第次第に建物が減っていく。
やがて標高が上がっていき、周りは森だけになっていった。
「眠くない?大丈夫?」
「ああ、大丈夫そうだ」
眼鏡を持ってきていれば途中で運転を交換していたかもしれない。
けれどそれは後から思い返せば…というだけで、例え眼鏡を持っていたとしても運転は白石に任せきりだったかもしれない。
そのルートは免許取得してすぐの僕らには、少しだけ難易度があった。
普段、街乗りしかしてない僕らが、約40キロにも及ぶ山岳ルート。
山中湖から離れ、標高が最も高い峠を越えた。
ヘッドライトを消せば何も見えないであろう漆黒の闇を車は走る。
その中をSOPHIAをBGMにしながら車は快調に進んでいった。ゴキゲン鳥という曲が流れていた記憶がある。
峠を越えると、当然しばらくは下りだ。
長い直線のあとにS字カーブ、長い直線のあとにS字カーブ…というのが続いた。
深夜のせいか対向車も殆ど無かった。
こんな時間にこの道を山中湖から相模原へ行く車は珍しい様だ。
当分は集落すら無い道なのだから。
再び、S字カーブから、長い直線に入った。
直線は下り坂だ。
ふと。
僕は自分の靴の紐がほどけている事に気がついた。
助手席で身体をかがめて靴紐を結ぶ。
・・・靴紐に集中していたのは何秒くらいだっただろう。
エンジン音が大きくなってる様な気がした。
結び終え前を向くと、車がやたら速い気がした。
「白石、今これ何キロ?!」
「・・・! 〇〇キロ!」
90キロと答えた様な気がする。
そして「おいおいー」と返した記憶がある。
・・・・・寝不足・・・・・
長い直線は既に終わっていて、左コーナーに入っていた。
車もコーナーに沿って左へ曲がる。
・・・はずだった。
いや、確かに左に曲がった。
だけれど、曲がり切れていなかった。
カーブの角度よりも車の曲がり具合は緩かった。
車はセンターラインを跨ぎ、反対車線に突入。
そして前方に白いガードレールが接近してきた。
僕と白石は多分、無言だった。
車はかなりの速度でガードレールに激突した。
いや、激突した瞬間の記憶は僕には無い。
前方のフロントガラスの先が、道ではなくガードレールでもなく漆黒の闇に変わった。
何が起きているのかは分からないが、マズイ事が起きている事だけは理解していた。
今までの人生で聞いた事の無い様な鈍い衝撃音が続いた。
音と共に何度か身体に衝撃が走る。
フロントガラスが一瞬でビシッと白くなった気がした。
多分、全体にヒビが入ったんだと思う。
その時、膝に強い衝撃を受け、身体全体に電撃が走った様な感覚があった。
この瞬間。
あ・・・これは駄目かもしれない。と思った。
走馬灯は無い。
頭をよぎったのは、よくテレビで放送されている「実録!緊急24時!」的な番組でグシャグシャになった車の映像だ。
この数秒。
車に何が起きていたのかというと・・・
車はガードレール衝突後、上空に吹っ飛んだのではなく(よく映画でありがちな)
車体の前方から急斜面に落ち、そして角度70度ほどの急斜面を、下へ向けて暴走していたのだ。
角度70度の崖を走行しているのだから、当然生えている木々をなぎ倒しながら、落ちる様に走っている。
ここで幸いだったのは『なぎ倒せるくらい細い木々』だったことだ。
もっと太い樹が生えていたら、そこに激突して全て終わってた。こんなブログなんか書けていない。
けれど、僕らの車は木々をなぎ倒し続けたせいで速度が緩まっていき、最終的に少しだけ太めの樹木に車体の側面からぶつかり、木のしなりがクッションとなり停止した。
そうして冒頭の場面になるのである。
崖下で生きてた
はっと意識を取り戻すと、漆黒の闇を車のヘッドライトが照らしていた。
光の先は真夜中の深い森だ。
この車は90度近く傾いている。
運転席側を下にして。僕の座っている助手席側を上にして。
僕は重力で運転席側に落下しそうになってるけれど、シートベルトで固定されているから落ちて行かない状態なのだ。
「マジかよオイ・・・」
僕の座っている助手席から下方向に運転席がある。
「やっちまった」
白石はそう言った。生きているらしい。
お互い、特に出血とかもない。・・・様に見える。
白石は急斜面を走行中にブレーキを踏み続けてくれた。
あんな状況で凄いヤツだ。
「とにかく出よう」
実は不安があった。
車は斜面の途中で木か何かにぶつかって止まっている様だ。
そう。まだここは斜面の途中なのだ。
もっと下の方から川のせせらぎが聴こえるんだ。
まだ落ちるかもしれない。
川まで落ちたら今度は岩場かもしれない。次は助からない。
「ゆ、揺らすなよ」
声が震えた。
運転席は下だから、上にある助手席の扉から出るしかない。
僕は助手席の扉を上に持ち上げる様にして開けた。
重力で重い。力を抜いたら扉が重力で閉じそうだ。
そしてここから、白石と僕による戦いは第2ステージへと入っていく・・・・
生き残るのに必死なはずなのに、必死すぎて妙な事ばかりしてしまう第2ステージへと。
後編へ続く。
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※注
この話は白石と僕がさらに仲良くなるキッカケの話であり、
後編のラストにはハッピーエンドが待っていますのでご心配なく。
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↓前半のテーマ曲はこれ。
(崖から落ちる時に流れていたと思われる)