↓前編はこちら。
1999年11月14日 恐らく23:30頃 山梨県内のとある崖下
ここまで車で落ちている途中、電撃の様な衝撃が膝から身体に走り、これは駄目だと思ったわりには身体は動く感覚がした。特に痛みも無い。
「おい、車から出るぞ白石」
車は90度近く傾いているので、運転手の白石は下方向に、助手席の僕は上にいる。
助手席の扉を上へと押し上げようとすると、これがまたやたら重かった。
そりゃそうだ。助手席の扉ってのは左右に動かして開け閉めするものだ。
上へ押し上げる事を前提に作られてはいない。
その扉をゆっくりと押し上げて、手荷物を持って車から脱出する。
暗くてよくわからないけれど、車は崖の途中の何かに引っかかって止まっている様なので、大きく揺らすと再び崖下に向けて動き出すかもしれない。いや、落ちだすかもしれない。
とにかく慎重に車の外に出る。
「揺らすなよ!絶対に揺らすなよ!」
今思い返すと出川さんの台詞かの様な言葉で吹き出しそうになるけど、とにかく必死だ。生き残るために必死だ。
そしてこの辺りで、僕はアクション映画の主人公になりきったかの様なスイッチが入っている。生きねば!活躍せねば!
「おい白石、慎重にこっちから出ろ。揺らすなよ、揺らしたらまだ落ちるかもしれないから気をつけろよ!」
白石はわざわざ後部座席に置いてある手荷物を回収して、ゆっくりと車の外へ出てきた。
車の外は傾斜70度くらいはある急斜面だ。
地面は岩場ではなく土。
そして崖下からは川の流れる音がする。
音がする・・というだけで、とにかく暗くてよく見えない。まだわりと下の方へ崖が続いてる気がした。
上の方を見ると、10メートルだか15メートルだが崖を登れば道に戻れそうな気配だ。
月明りなのか、目が慣れてきたのか、周辺はうっすらと見えているので、このまま崖を登る事にした。
傾斜70度くらいということで、手を使って四つん這いであれば登って行けそうだ。
映画主人公スイッチの入ってる僕は登りながらやたらと白石に声をかける。
「気をつけろよ。ゆっくりでいいからな。滑るかもしれないから気をつけろよ」
アクションスターになり切って注意喚起してるけど、気を付けろとばかり言ってる。
「大丈夫だ。登ろう」
白石はそう応え、二人でゆっくりと崖を登っていく。
恐らく・・・この辺りで、木の枝か何かで僕は左頬を少し切ったらしい。
血が少し頬から出ているのだけど、この時点ではまだ気づいてない。
「ゆうき、大変だ」
白石が深刻そうな声を出す。
「どうした」
「俺、車に戻るわ」
「はあ?」
「妹に編んでもらったマフラーが後部座席に置きっぱなしだ」
今、マフラーですか!
生きるか死ぬかって時にマフラーですか!
どんだけ妹の努力を無駄にしたくないヤツなんだ白石!
「マフラーは良いだろ。戻った時に車が落ちたらどうすんだよ。マフラーは後で回収出来るよ多分」
「そうかもな。後にするわ」
回収はするつもりらしいが後回しにしてくれた。
「マフラー大丈夫かなあ」
「大丈夫だろきっと」
「そうだといいんだけど」
大破してそうな車よりもマフラーが大事らしい。
そして何とか崖の上に辿り着き、ガードレールを跨いで舗装路へと戻った。
生き残ったけど、この後どうすんの
道まで戻ったけれど、携帯電話を見ると電波が入ってなかった。
壊れた訳じゃないらしい。山奥すぎて電波が届かないんだ。
そういう時代だ。
「これからどうするか・・・」
僕らは山梨県の山中湖から峠道を越えてここまでやってきた。
簡単に歩いて戻れる様な距離ではない印象がある。
とはいえ、逆方向もまだまだ山道が続く。
ずっと歩いていけば集落と道の駅があった記憶があるから、そこまでの方が近そうだ。
とはいえ、深夜24時近い山道。しかも11月で寒めだ。かなり過酷になるんじゃないだろうか。
これはどうやっても僕のアパートのある神奈川県相模原市まで戻るのは厳しそうだ。
そこへ・・・・
道の駅方面から1台の乗用車がやってきた。
しめた。
助けてもらうしかない。
こんな深夜の山道。これを逃したら次いつ車が通りかかるか分からない。
僕は両手を大きく広げて道の真ん中に飛び出した。
これは・・・後からその乗用車の運転手に聞いた話なのだけど・・・・
彼らもまた男二人で深夜ドライブに出たのだそうだ。
しかも・・・偶然にも相模原市から来たのだという。
深夜24時近い、真っ暗な長い長い山道を走っていく。
見えるのは車のヘッドライトに照らされた部分のみ。
舗装路と森しか見えない道をひたすら進み、とあるコーナーを曲がると・・・
道の真ん中で大きく手を振る男が立っていたのだ。
二人はギクッとしたらしい。
しかもその手を振っている男(ぼく)は頬から血を流しているのだ。
急ブレーキをかけ、その男よりだいぶ手前で停車した。
何かヤバイと思ったからだ。
そうとは知らず、僕は渡りに船とばかりに車へ近寄っていく。
マズイ事に巻き込まれたと思う彼らは車から出る事はなく、助手席の男が窓を少しだけ開けた。少しっていうのは10cmくらいだ。
「ど、どうしました。血が出てますが・・」
「あの、その、車で事故ってしまって」
彼らは僕が指さした方向に視線をやる。年は僕らより何個か上くらいか。
その助手席の彼はこう言ったのだ。
「車なんて無いじゃないですか!」
確かに。
車なんか見えないのに、車の事故起きたと言っても信じてもらえないか。
「く、車は崖の下に落ちてしまって・・・」
「何で生きてるんですか!」
何でだろ。
分からん。
とにかく完全に疑われている・・・。
僕と白石で5分くらい必死に説明していると、本当だと思ってくれた様で、慎重にではあるけれど車から降りてきてくれた。
「あそこです」
「ほんとだ・・・」
崖の下、だいぶ下の方に、ヘッドライトを点灯したままの車が見える。
車内灯もついてる。
「消してきた方が良いかな」
「いいだろ、そんなの」
僕らはこのままお二人の車に乗せてもらい、山中湖側へと進む事にした。
山中湖の少し手前にコンビニがあったはず。
さっき缶コーヒー買ったし。
車内では彼らが相模原からドライブでやってきた事を聞いた。
相模原とはまた奇遇だ。
その他にも何か色々話した気がする。生きてて良かった的な台詞をひたすら繰り返した様な・・・。
そして山中湖近くのコンビニで降ろしてもらった。
「ありがとうございました!!」
白石とが深くお辞儀したので僕もそれに習った。
今日は帰れないとの連絡をする
不思議な事が起きた。
今まで身体に痛みも震えも何も無かったのに、コンビニに辿り着いたところで、身体がガクガクと震え出したのだ。
なんだこれは一体・・・??
「とにかく今日はもう戻れない。白石の車もあんな事になったし連絡しようか。あれ親の車だろ?」
「そうなんだよ。それでさ、事故ったって話をオレが電話すると、オレの父、かなり怒るだろうから、まずはゆうきから電話してくれないか」
「え!!何故!!」
言われるがままに電話をしようと携帯電話を取り出すが、腕どころか指まで震えていて、携帯電話みたいな小さいボタンは押せる状態じゃない。
コンビニの前に設置されている緑色の公衆電話を使う事にする。
携帯電話よりボタンは遥かに大きいが、それでも指がボタンに定まらない。
「なんだこれ、駄目だ!お、落ち着きたいからコーヒー買ってきてくれ!」
「コーヒーで落ち着くのか」
「映画でそんな場面があった気がする」
アクション映画の主役スイッチは未だに入ってる。
白石が缶コーヒーを買いに行ってくれている間、僕は必死に電話のボタンを一つずつ押す。だけれど無理だ。震えが凄い。
白石はすぐに缶コーヒーを買ってきてくれた。
「驕りでいいぜ」
こんな場面でカッコつけんじゃねーよ白石。どうせ100円だろ。
当たり前だけれど缶コーヒーを飲んですぐ震えが収まる訳などなく、ボタンは押せない。
ここで映画主役スイッチの入ってる僕は意味不明な行動に出た。
「くそ!こうしてやる」
震えてる左手を公衆電話の角に叩きつけた。
それも手の甲を。
鈍い音と共に痛みが左手に走り、震えは止まった。
しかしこれが・・・
この事故で一番の大ケガとなった。
白石の親御さんに連絡
「あの夜分遅くすみません。ぼく、白石くんの高校時代からの友人でゆうきといいますけど」
夜25時の電話だ。緊急に違いないと向こうも構えただろう。お互い声が強張る。
「えと、その、大変申し上げにくい事が起きましてなんですが・・えと・・事故が。崖で・・・その、登ってコンビニ電話で、なんていうか、携帯電波無いんです」
パニック!言葉が見つからない。全然意味不明!
「白石くんの車で事故を起こしまして。崖から落ちまして」
「無事なんですか」
「あ、白石君も僕も無事です」
ここでやっと白石が電話を代わった。
事情を説明する白石。
おい!ていうかこの出だしを僕がやる必要あったのか!
この後、僕の親にも電話して白石がやたら謝罪をしてくれた。
無事なら良いという言葉をもらい、電話を切り、二人でコンビニ駐車場の端に座り、缶コーヒーを飲む。
この後どうしようか。
山梨県の深夜25時。帰る術は無い。
「タケにでも電話してみるか」
タケというのは本来、今日のドライブのメンバーだったヤツだ。
ドライブに誘ったけど、彼女が出来そうだから・・・という理由で来なかった。
そんな事はすっかり忘れて電話したら「今から行く!」と言ってくれた。
25時なのに迎えに来てくれるというのだ。すげえヤツだ。
とはいえ、タケの家は東京都の八王子だ。ここは山梨県。
途方に暮れる僕らは、少しの間、ぼーっとしていた。
そこへ、一台の車がやってきた。
相模原のアパートへ
それは、さっき僕らを乗せてくれた二人組の車だった。
「なんか気になっちゃって。戻ってきちゃいました」
「え」
「もうドライブ終えて相模原へ戻ろうと思うんですが、乗っていきますか」
警察への連絡とか、色々な事が頭を過ったけれど、僕らは彼らの好意に甘えて車に乗せてもらう事にした。
タケに「なんとか帰れそうだから迎えに来なくても大丈夫そう」と電話すると「なぁんだ。じゃあ明日、ゆうきのアパートに様子を見に行くよ」と優しい言葉。
タケは結局、彼女が出来なかったのか・・・
という謎は後日明かされた。
この日、タケに彼女は出来たのだ。
そしていよいよファーストキスをする・・・というタイミングで僕から電話がかかってきてしまって「今から行く!」と言って飛び出してくれていたのだ。
僕はとんだ被害拡大を無意識でやってしまっていたのだった。
そんな事など知らない僕らは彼らの車で山中湖から、再びさっきの運命の道へ。
事故現場も通り過ぎ、神奈川県の相模原市にある僕のアパートへ。
約2時間くらい。雑談をしながらも何度も何度も言った言葉がある。
「生きてて良かった」
もしかしたら、僕だけが生きてると勘違いしているんじゃないのか。
今見えてるこの風景は、魂だけになった僕が感じている世界なんじゃないのか。
そんな風に思った。
シックスセンスっていう映画を観たばかりだったからかもしれない。
けれど、白石もそんな風に感じたそうだ。
午前3時だか午前4時だか分からない。
僕と白石は、僕のアパートの前に降ろしてもらった。
僕らは、彼らにお礼を後日したくて何度も何度も連絡先を聞いたけれど、彼らは「お礼なんていいから」と言って、爽やかに去って行った。
もちろん、以後二度と、彼らに会う事は無かった。
家賃3万8000円のワンルーム+ロフト付きの僕のアパートに入る。
ここで全てのアドレナリンが切れたのだろう。
二人とも、全身の色んなところが痛み出した。
それでも疲れ果て、気づいたら寝ていた。
後処理
タケがやってきた。
しかも、ドライブを「具合が悪い」との理由で断っていたベース(仮名)まで連れてきた。
これでいつものドライブメンバー4名がそろった。
僕らは警察に電話をしてタケの車で事故現場へ向かう。
事故現場は都留市と道志村の境目あたりの様で、どちらの警察に電話しても「管轄がうちじゃない」との話でだいぶモメたが、「管轄と言えば、踊る大捜査線って良い着眼点でドラマ作ってるよなあ」とかいう平和な会話をしながら現場へ向かった。
会社にも電話した。
「崖から落ちたので明日休みたいです」
「崖から落ちてなんで生きてるんだ!」
あれ?この言葉、さっきも何処かで・・・??
結局、代理で別の社員さんに勤務してもらう形で1週間休むことになる。
そして現場に辿り着き、警察がやってきた。
「これから都留市ってとこからクレーン車が来て車を引き上げるから、君たちは交通整理をしなさい」
「え・・・自分らで??」
僕らはクレーン車が白石の車を引き上げるまで、4人で交通整理をした。もちろんそんな事やってことない。
赤く点灯する工事現場用の棒を持って、「ちょっと止まってくださーい」とか「はい、進んでくださいー」とか。
1台目のクレーン車では車までロープが届かず、もっと大きいクレーン車がやってきて、白石の車は宙吊りになって引き上げられた。
ボディもガラスもぐちゃぐちゃになった車体だけど、幸いにも運転席と助手席の辺りはダメ―ジは少ない様に見えた。
ベースが言った。
「お前ら、これで、もしかしたら10年分くらいの運を使い果たしたんじゃねーのか!」
いや、でもホントそうかもしれない。
道路に置かれたグシャグシャの車体に白石は近づく。内部を見渡して言った。
「無事だったよ」
タケが食いつく。
「はあ?全然無事じゃないだろ。確実に廃車だぞこれ。何が無事なんだよ」
白石はちょっと安心した様な表情で車体から何か取り出して言った。
「妹が作ってくれたマフラー」
19年後…2018年11月10日 千葉県浦安市
この日、僕はついに結婚式を迎えた。
あの時の4人はこれで全員が結婚をしたことになる。
ベースの結婚式にもこの4人が揃った。
タケの結婚式では僕はスピーチをした。あの日、電話をしたら八王子から山梨まで駆けつけてくれる仲間想いなヤツだとスピーチした。
白石の結婚式に至っては2次会の司会をやらせてもらった。
実は白石とはあの事故以前よりも、事故以後の方が仲良くなったのだ。
そして最後に僕の結婚式となった。
高校からの友人は4人だけ呼んだ。
そのうちの3人が、ベース、タケ、そして白石だ。
4人が揃うのは5年ぶりくらいだ。だいぶ年を重ねた。
披露パーティーの直前、白石は僕に言った。
「あん時生き残ってほんと良かったよな」
「なんでだよ」
「だってよ、美味しい料理食べれるもん」
「あっそ」
乾杯は仕事の師匠に頼んだ。
師匠がグラスを高く持ち上げる。
「乾杯!」
「乾杯!」と一斉に声が揃った後、一呼吸置いて、ひときわ大きな白石の声が会場に響き、それにツッコミを入れる友人の声が続いた。
「いただきまーす!!!」
「定食屋かよ」
何言ってんだあいつ。
全くふざけたヤツだな。ほんと笑えるよ。
うちの奥さんもめっちゃ笑ってるよ。
うん、確かにな。白石の言う通りだよ。
あの日、二人とも生き残って、本当に良かったよ。
これからもお互いずっと、元気に笑っていこうよ。
ゆうきの体験記 -崖から車ごと落ちた日- 完